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青森県在住。毎週日曜日17時から、FMアップルウェーブ発の番組の一員として参加。音楽・ラジオ好きによる"日々の音"やメディアの話

アメリカ社会の問題を提起し、理想を掲げたグラミー賞授賞式

現地時間の日曜(日本時間の昨日午前から)に開催された、今年のグラミー賞。その結果やパフォーマンスについて、私見を載せておきます。

 

 

①サム・スミスが主要3部門含む4冠達成

[winners] サム・スミス4冠、イギーは無冠……第57回グラミー賞 授賞結果まとめ | bmr

今年の主役はサムであると断言していいでしょう。リンク先での4個のグラミーを見つめるサムの画には、言葉では表現しきれない喜び、感慨深さなど様々な感情が見てとれるようです。

グラミー賞で最後に発表されたのが最優秀レコード賞。その受賞スピーチでサムは、作品を捧げ、そして作品を創る源になりながらも最近別れた前の恋人に対して、”僕に失恋させてくれてありがとう。君が4つのグラミーを取らせてくれたんだよ!”とコメント。前の恋人を”the man”と表現し、自身が同性愛者であることを公の場で話しているということにもなりますが、その表現の仕方が何にも違和感がなく、流麗で素敵でした。以前ここで彼の同性愛に関する思いを書きましたが、彼の目指す多様性は、昨年のグラミー賞でのマックルモア&ライアン・ルイスのパフォーマンスを機に、自然に広がっているんじゃないかと実感しています。

 

 

②プリンスのスピーチは皮肉ではない

サムの主要4部門制覇を阻んだのが、最優秀アルバム賞でのベック『Morning Phase』の受賞。正直予想はしていませんでしたが、ビルボードの年間アルバムチャートで他のノミネート作品より低い位置(60位)にいながらのノミネートとなれば、それだけフックアップされるべき素晴らしい作品だったと言えるでしょう。

その最優秀アルバム賞のプレゼンターがプリンス。その壇上での彼の発言が、”皮肉”だとしてYahoo!のトップページに記事が登場していました。

プリンスさんは、受賞作品の発表の前に「皆さん、“アルバム”って覚えていますか? “アルバム”って大事なものなんです」と皮肉まじりに語った。

 プリンスさんの発言は、インターネットの発達で音楽の楽しみ方の主流がダウンロードや定額ストリーミング制へと移り、アルバム単位よりも楽曲単位で聴くリスナーが増え、昔に比べアルバムの価値が低下しつつある現状に対する皮肉を込めており、多くのミュージシャンが集結した会場からは、大きな歓声と拍手が沸き起こった。

第57回グラミー賞:プリンスが皮肉 「アルバムって覚えてますか?」 - MANTANWEB(まんたんウェブ)より

たしかにインターネットの発達による”弊害”を憂う音楽業界関係者は少なくないでしょう。でも、まんたんウェブが紹介したのは、プリンスの発言の”一部”に過ぎません。

プリンスの真意は、”命をかけるかの如くアルバムを作っている。私たちミュージシャンにとってアルバムは、書物や黒人たちの命と同じくらい大事なんだ”ということにあるでしょう。”黒人たちの命”という表現を用いることは決して大袈裟なものではなく、さり気なくでも確実にアメリカ社会の問題(そしてその問題から生まれた”Black Lives Matter”という言葉)を想起させ、それだけアルバムの存在意義は重いということ。黒人たちのかけがえのない命を例えに用いるくらい誤解を恐れない彼の言葉は、単に”インターネットの弊害でアルバムの価値が下がる”という皮肉を言っているとはとうてい思えないわけで、言葉は悪いのですが記事がいかに安易か、と愕然とさせられました。せめて記事の発信元にはプリンスのスピーチ全文をまずは掲載してほしかったなと思います。

(それに、インターネットが全てが悪というわけでは決してないわけで。インターネットが普及しているからこそ、今回最優秀アルバム賞にノミネートされたビヨンセBeyonce』や、来年度のノミネーション対象となる(そして候補に挙がるであろう)ディアンジェロ&ザ・ヴァンガード『Black Messiah』がまずは配信でフレキシブルに発売可能だったわけです。『Black Messiah』については、次に書くアメリカ社会の問題を憂慮した上での前倒しリリースがインターネットだから可能だった…と考えると、インターネットが害悪と決めつけるのは正しくありません)

 

 

③アメリカの現状を示したパフォーマンス

先述した”Black Lives Matter”は、現在のアメリカ社会の黒人人種差別を浮き彫りにさせた、ミズーリ州での黒人青年射殺事件以降の抗議行動におけるメッセージです。事件の詳細は下記に記載されています。

米黒人青年射殺事件の経緯―8月9~20日 - THE WALL STREET JOURNAL

そして先月行われたデモについて。”Black Lives Matter”をプラカードにする画も。

アメリカの悲しみ Black Lives Matter | 廣見恵子 - The Huffington Post

事件への抗議行動においては、”Black Lives Matter"のみならず、”Hands up, Don't Shoot!”(手を上げているから撃たないで!)という言葉や身振りも象徴的に用いられています。

そして。

原曲とは全く異なる、重厚感溢れるアレンジを取り入れたファレル・ウィリアムス「Happy」のパフォーマンスにおいて、ピアニストのラン・ランによる激情的な演奏が差し込まれた瞬間、ラン・ラン以外の全てのパフォーマーが演奏をやめてあのポーズを。ファレルはおそらく、”みんながHappyであってほしい、ならばまずは人種に別け隔てなく平等に、平和になることが大事なんだ”という思いをポーズに込めたんじゃないかと思っています。

 

そして、全ての賞が発表された後、賞のフィナーレで用意されたのが映画『Selma』の関連曲。ビヨンセが劇中歌「Take My Hand, Precious Lord」を歌い(ここでもあの仕草と思しきポーズが登場)、そしてジョン・レジェンドとコモンが重々しい男性クワイア(クワイアとはゴスペルにおけるコーラス隊の意味)を引き連れ、主題歌「Glory」を披露。『Selma』はキング牧師と公民権運動を描いた作品で、一部史実が異なるとして賛否両論があるようですが、アカデミー賞では最優秀作品賞とオリジナル主題歌賞にノミネートされ、主題歌はいち早くゴールデングローブ賞の最優秀主題歌賞を受賞。『Selma』については町山智浩氏が、作品内容や制作の背景、そしてこの映画の現代における意義を分かりやすく解説していますのでそちらを是非。

町山智浩 キング牧師を描く映画『セルマ』を語る - miyearnZZ Labo

 

この町山氏の唱える意義、間違いなくグラミー賞側も強く意識していたのではないでしょうか。それゆえに最優秀レコード賞のスピーチで大団円とする以上に、賞の最後にパフォーマンスを用意するほうがより好いと判断したのでしょう。黒人差別が未だに根強くあること、そしてそれが昨年の事件であらためて露呈したことを深く悲しみ、差別に異を唱える…それをグラミー賞授賞式という全世界注目の場で示したのです。

 

 

④祈り・願い・希望などを込めたゴスペル(クワイア)の存在

先述した「Happy」や『Selma』関連曲のみならず、サム・スミスがメアリー・J・ブライジを迎えた「Stay With Me (Darkchild Version)」や、マドンナの新譜からの先行曲「Living For Love」でもクワイアが登場しました。ライブ映像がbmrにまとまっているのですが、すぐ消える可能性大ですので早めのチェックを。

マドンナについていえば、彼女とクワイアの相性の良さは「Like A Prayer」でも証明済ですが、今回も相性抜群で、原曲以上に力強いクワイアが曲を盛り立てていました他方、「Stay With Me」では主人公の孤独(サム独特の歌声)を浮き彫りにするのにクワイアの存在が非常に重要だったように思います。

 

キリスト教、そして黒人音楽のルーツのひとつであるゴスペルミュージック、その中のクワイアという要素が、今回のパフォーマンスでは音楽ジャンルや人種に関係なく取り入れられたということは、人種に隔たりはないということを暗に示していると言えるかもしれません。また、実際のゴスペルは神様への祈りや願いという(当然ながら)宗教性の高い歌詞(福音)が用いられるので厳密にはファレルやマドンナ、サム・スミス等のパフォーマンスはゴスペル”的”ということにはなりますが、ゴスペルに接して実際に歌ってきた自身の経験として語るならば、歌詞も大事であるけれどもそれと同時に大切なのは、聴いたり歌うことでまずは自分自身がポジティブな感覚を抱き(R&Bやヒップホップでいうところのヴァイブスみたいなものでしょうか)、そしてそれが誰かに伝染して最終的にはみんなの祈りや願い、希望が叶って欲しい…とするスタンスだと思いますし、そのポジティブさこそゴスペルの醍醐味ではないかと考えていて、ジャンル違いであれどゴスペル的なアプローチを図ることで、”愛に生きよう(Living For Love)”という宣言をより前向きで強固なものにしたり、孤独ゆえに”そばに居てほしい(Stay With Me)”という思い(懇願)を際立たせることに大きな役割を果たしたと思っています。さらに先述した「Happy」では、”アメリカ社会の現実”を挟み込むことで、通常アレンジに戻った瞬間の幸せ度が増し、そこにクワイアがさらなる高揚感を与えたのではないかと。無論ゴスペルは、社会が良くなってほしいという祈りの歌でもあり、ビヨンセジョン・レジェンド&コモンの歌は純粋なゴスペル音楽として真っ直ぐに響いてきました。至極個人的ですが、またゴスペルを歌いたくなりました。

 

 

 

昨年のグラミー賞では、特に同性愛者などのいわゆえるLGBTの方々の人権を、先述したマックルモア&ライアン・ルイスたちのパフォーマンスによって最高に幸せな形で訴え、恋愛対象における”多様性”の重要性を訴えていました。今年は、時に荘厳に人種差別問題を浮き彫りにし、一方でピースフルであることを訴えるパフォーマンスが(ゴスペルを取り入れることで)増えました。その差別撤廃への願いは、様々な人種が、様々な肌の色や宗教を共に認め合うという意味での、昨年とはまた違った”多様性”の重要性を示していたように思います。グラミー賞はその賞の意義の大きさ、注目度の高さを分かっていて、敢えて社会の問題と向き合い、理想を掲げているんですよね。素晴らしいことです。

 

 

これらを”理想論”、と言ってしまうのは簡単です。でもだからこそまずは語るべき、なんですよね。つい先週末の『ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフル』(TBSラジオ)でのスタートレック特集における高橋ヨシキ氏の、”理想論っていうのは非常に大事だ”という言葉が非常に説得力を帯びています。今ならばまだ放送内容がポッドキャストで配信中ですので是非。

高橋ヨシキ スタートレックの偉大な魅力を語る - miyearnZZ Labo

 

 

最後に、今回最優秀ワールドミュージックアルバム賞を受賞したアンジェリーク・キジョーの言葉を引用します。

"For me, music is a weapon of peace, and today more than ever, as artists we have a role to play in the stability of this world," Kidjo said as she accepted the award at a ceremony in Los Angeles.

Angelique Kidjo dedicates Grammy to women of Africa - Yahoo Newsより

アフリカの女性へのみならず、理想を掲げる全ての人への勇気に成る言葉だと思います。音楽は、理想を掲げる人々の勇気の武器となり、後押しになるということを、今年のグラミー賞で強く実感することが出来ました。