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青森県在住。毎週日曜日17時から、FMアップルウェーブ発の番組の一員として参加。音楽・ラジオ好きによる"日々の音"やメディアの話

「Uptown Funk」作者名追加問題についての私見

以前書いた「Blurred Lines」訴訟問題に似た問題。今度は今年最大のヒットである、マーク・ロンソン feat. ブルーノ・マーズ「Uptown Funk」が槍玉に上がりました。作者欄に新たに5名追加となったのです。

“Uptown Funk”が、ギャップ・バンド(The Gap Band)の79年ヒット“Oops Up Side Your Head”を引用しているという主張があり、マーク・ロンソン側がこれを認めたことによるもので、ギャップ・バンドからチャーリー・ウィルソン、故ロバート・ウィルソン(Robert Wilson)、ロニー・ウィルソン(Ronnie Wilson)の3名に、鍵盤のルドルフ・テイラー(Rudolph Taylor)、プロデューサーのロニー・スミス(Lonnie Smith)と、“Oops Up Side Your Head”の作者5名の名前が新たに“Uptown Funk”の作者として連ねることになる。これは、“Uptown Funk”の途中で繰り返される「Uptown Funk you up, Uptown Funk you up」のフレーズが、ギャップ・バンド“Oops Up Side Your Head”における「Say, oops, up side your head, say, oops, up side your head」に由来するというもので、トリニダード・ジェイムス“All Gold Everything”の引用と同様の考え方と見られる。

今年最大のヒット「アップタウン・ファンク」の作者にチャーリー・ウィルソンらの名も加わることに | bmr(5月7日付)より

 

似ているかどうか、確認してみてください。

上記の3分54秒からの部分と、

 

イントロの部分。たしかに似てないとは言い切れないとは思うのですが、非常に微妙なところです。

 

今回クレジット獲得を果たしたギャップ・バンド(およびキーボード、プロデューサー)について、個人的には引っ掛かるところがあるんですよね。それも三つ。

 

ギャップ・バンド。

 

特にギャップの場合、そのプロデューサーのロニー・シモンズが金に対してうるさく、現在はそれが元でギャップのメンバーとは袂を分かっている。そんな犬猿の仲が、こういうときだけ共同戦線を張るというのも、シモンズの金の亡者的感覚が如実にでている感じもして「なんだかやだなあ」と思う。

△#「アップタウン・ファンク!」~「ブラード・ラインズ」問題が引き起こした余波 (パート2)|吉岡正晴のソウル・サーチン(5月8日付)より

bmrの記事ではプロデューサー名がロニー・スミスと記載されていますが、正式な(?)名前はロニー・シモンズだと思われます(米ビルボードの記事では"Lonnie Simmons"と掲載。なお同記事を紹介した音楽評論家の吉岡正晴氏の別のブログエントリー、△# ブルーノ・マーズの「アップタウン・ファンク!」のクレジットにギャップ・バンドメンバーらが加(5月6日付)も併せて読むことをお勧めします)。

たしかに現在はギャップ・バンドの中でチャーリー・ウィルソンのみが活躍している印象があり(今年1月にアルバムをリリース。これが好い内容だったのでブログにて触れています)、このタイミングでシモンズ氏が出てくることには吉岡氏と同じ違和感を抱いてしまいます。

 

こういうタイミングでのギャップ・バンドの結束が一つ目の引っ掛かりだとすれば、チャーリー・ウィルソン自身のスタンスへ違和感が二つ目の引っ掛かり。「Uptown Funk」の件はどうやら、「Blurred Lines」訴訟でのファレル側の敗訴の前から問題になっていたようですが、チャーリー・ウィルソンはそのファレルが全面プロデュースしたスヌープ・ドッグの来週発売のニューアルバム『Bush』に参加して(それも先行シングル「Peaches N Cream」の客演としてクレジットされて)いるんですよね(ファレル全面プロデュースのスヌープ・ドッグ注目の新作にケンドリック・ラマー、グウェン・ステファニーらも参加 | bmrより)。ファレルの問題とは別(訴訟か"平和的"解決か、等)だとチャーリー・ウィルソン側は主張するかもしれませんし、作品や才能と人間性は分けて考えられるべきだとは思うのですが、片や似た問題で苦しんでいるファレルと、似た問題で勝ち得たチャーリーが"共存"するということにデリカシーは?と思ってしまうのです。無論、そう思ってしまう書き手たる私自身の心の狭さと言われればそれまでですが。

 

そして三つ目の引っ掛かり、それはチャーリー・ウィルソン自身の発言にあります。

今年1月にソロ最新作『Forever Charlie』をリリースしたチャーリー・ウィルソンは、新作やツアーのプロモーションの中で、今年3月に“Uptown Funk”について訊ねられ、「音楽研究家がやってきて、あの曲は“Oops Up Side Your Head”だ、って言われたよ。彼ら(ロンソン側)は(ロイヤリティを)支払わなくちゃね」とインタビューで話していたが、Minder Musicによるアクションを分かった上での発言だったようだ。

今年最大のヒット「アップタウン・ファンク」の作者にチャーリー・ウィルソンらの名も加わることに | bmrより

"Minder Music"という団体、どうもこの手の事について綿密に計画を立てているようで。

今年2月、ギャップ・バンドの代理でロンドンの音楽出版社Minder Musicが、YouTubeのコンテンツ・マネージメント・システムに対して権利を主張。これによりYouTubeは、権利関係が整理されるまで著作者への支払いを一時的に中止した。この問題を受けてマーク・ロンソン側はMinder Musicの主張を認め

(中略)

ギャップ・バンド側に立ったMinder Musicは、これまでも数々のヒット曲に対して権利を主張、法的手段に訴えることで知られている。最近では、アリアナ・グランデ(Ariana Grande)のヒット・シングル“The Way”が、ジミー・キャスター・バンチ(The Jimmy Castor Bunch)の72年曲“Troglodyte”に出てくるフレーズで、N.W.A.なども引用した「What we’re gonna do right here is go back, way back, back into time」を曲の冒頭で盗用しているとして2013年に訴え、今年2月、詳細は不明なものの和解に至ったと報じられた。2003年には、ドクター・ドレー(Dr. Dre)がMinder Musicに訴えられて敗訴している。

今年最大のヒット「アップタウン・ファンク」の作者にチャーリー・ウィルソンらの名も加わることに | bmrより

権利が認められるまで著作権支払を差し止めさせるという手段でマーク・ロンソン側をがんじがらめにして、最終的に主張を認めさせたということなのでしょう。チャーリー側に"音楽研究家”を送り込んだのもともすればMinder Music側の意図(bmrライターの末崎氏のツイートに激しく同意)、と考えると如何に巧妙かが判るというものです。そしてMinder Musicは”パクリか否か論争”において実績を積んでいるようで、それもアリアナ・グランデドクター・ドレーといった売れている歌手/曲を訴訟対象とすることを踏まえれば、”売れている曲や歌手相手に訴訟や示談交渉を行えばそれが金脈になる”と考えて行動しているように思うんですよね。

 

上記でリンクさせていただいた末崎氏のツイートを踏まえ、自身でこうツイートしました。

話が少し飛んでしまうようですが、身近に損害保険関係者がいて、”弁護士団体(弁護士法人)のCMには納得出来ないけど金融機関は相手と優劣をつけるような広告や営業はやってはいけないので弁護士団体の主張ばかりが浸透する。それが非常にもどかしい”と言っていたのが印象に残っています。金融機関の立場を知っていて弁護士団体が自動車保険に金脈を見出したならば、(自動車保険会社同士というプロによる示談が100%完璧とは言い切れないかもしれませんが、)そこに言葉は悪いですが”漬け込もう”とする精神に違和感を覚えるのです。保険会社にはあたかも任せられないかような空気感を生んだ点において、そして、ここ数年のグレーゾーン金利による過払い金返還請求が収束に向かったことで次の金脈を見つけようとしている点においても。

しかも、成功報酬が勝ち得た分のたとえば二割などと謳っているCMを見ると、よほど大きな金額を得る自信があるのでしょう(勝ち得た分が少ないと動いた分赤字になってしまうわけで)。その成功報酬の概念こそが、「Uptown Funk」問題をはじめとする”パクリか否か問題”でのMinder Musicの動く理由なのではないでしょうか。実際そうだとしたら、Minder Music(そしてその団体に言われるがままに動く、”パクられた”とされる側)にとって、音楽を守ろうとか著作権を大事にせよという信念は非常に薄く(いや、ゼロと言っても過言ではないのかもしれません)、あくまで”金銭という旨味が大事”だということではないでしょうか。ファレルが「Blurred Lines」訴訟での敗訴の際に述べた、クリエイティビティの後退を招きかねないという懸念以上に、音楽を金でしか考えない(ように見える)概念の登場のほうが非常に恐ろしい…と個人的には思うのです。

 

 

「Blurred Lines」によるファレル側敗訴が、訴訟や示談交渉を生みやすい潮流を生んだという側面は間違いなくあるでしょう。また完全なパクリだったならば糾弾されてもやむなしとは思います。しかしながら、たとえば過去の良曲を聴いて育ったクリエイターの作品がわざとではなく結果的に似てしまったならば(とはいえ、わざとなのか結果的になのかの線引きは非常に難しいところではあるのですが)、追加クレジットをと押し掛けるよりも、たとえばタワーレコードのフリーペーパー『bounce』にて掲載されている【耳で聴いたピープル・トゥリー】のように、その曲/歌手の影響源を提示しその作品をより接しやすい環境に置くことで作品購入につなげ、最終的に影響源たる作品(やその歌手)に著作権が入るシステムを築くほうが圧倒的に平和的ですし、よりオリジネーターのほうに周囲からのリスペクトが生まれるのではないかと思うんですよね。無論、今売れている曲から”取り分”を得たほうが短期的には稼げるかもしれませんが、個人的にはそれによりギャップ・バンドやチャーリー・ウィルソンへの心象が正直悪化したわけで。そういった流れこそ、希望したいところです。そして、音楽を単なる金脈としか考えないような団体は今後音楽そのものについての”癌”になりかねないという点において、早々に退出もしくは考えを改めていただきたいところです。