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青森県在住。毎週日曜日17時から、FMアップルウェーブ発の番組の一員として参加。音楽・ラジオ好きによる"日々の音"やメディアの話

イメージダウンを招きかねないラジオCM3種

先週、とある地元放送局の生ワイド番組(地元タレントと局の女性アナウンサーとの掛け合いの番組)を聴いていると、一コーナーが終わりジングル(番組からCMへなど、節目に流れる短いBGM。番組名などが謳われます)が流れ、その直後にまたも男女の掛け合いがはじまりました。女性の声はアナウンサーに似ているなと思いつつ、男性の声はタレントとは全く別で、おかしいなと思っていたところ、英会話教材の宣伝がはじまりCMだと判りました。非常に紛らわしく、同時にその商品に興味がない自分には、言葉は悪いですが”騙された”というような感覚すら抱いてしまいました。釈然としないという思いに駆られています。

 

ラジオを聴いていると、商品やサービスのCMの中に不快感を抱きかねないものが少なくないな、と感じることがあります。そこで、あくまで私見と前置きした上で、そのようなCMパターンを以下に記載し、改善策もあわせて述べてみようと思います。

 

 

① 番組の一部と勘違いさせかねないCM

先に触れたパターンはこちら。BGMがなく男女の掛け合いがはじまり、しかも、主に女性は名乗ることをしないため、あたかもその番組に元からいますよ的な感じを受けます。特に商品に興味がない人にとっては言葉は悪いですが”居座っている”というイメージすら抱かせかねず、先述した”騙された”感と相俟って、このCMさえなければもう1コーナー、もしくはもう1曲用意出来るのでは?と思われてもおかしくありません。このCMはFM、AM双方で何パターンも流れています。

仮に番組内で違和感なく(シームレスに?)そのようなCMを挿入するのであれば、元の番組に出演する方を進行役に迎えるか、BGMを用意して番組自体と多少は色が異なることを提示していただきたいものです。そうすることで、商品紹介と知った側の”騙された”感は減ると思います。

 

② 素人の原稿読みがまるわかりのCM

商品やサービスの使用感を示す際、タレントやアナウンサーではリアリティに欠けると思われる場合があります(これは彼らの演技力にも関わってきますが)。そこで実際商品等を利用している方自身が感想を述べることでリアリティを持たせる手法があるのですが、その中に、”原稿をそのまま読んでいるだけだよね?”というのが明確に判ってしまう場合があります。特にそのCMが長尺であればあるほど苦痛を抱きかねません。

声が通らない(アナウンサーではないから通らないのは当然のことですが)、またCM出演経験のない素人の方がCMに参加するのであれば、原稿を何度も読んでもらい、自分のトーンで自然に話せるようにしてから収録に臨むのがより好いでしょう。もしくは、原稿を用意せず必要な言葉だけを覚えてもらい、出演者には自然な会話をしていただいてそれを長尺で録音し、好い部分を編集してCM化することも必要かもしれません。とにかく、制作時間を長めに用意し、一発撮りはやめることです。

 

③ ステレオタイプのイメージを用いて特定の対象を見下すCM

たとえば”この商品、お父さんより役に立つ”、”若い人はあてにならない、こっちのサービスのほうが好い”という、昔ながらのステレオタイプなイメージを用いたCMがあります。共感を招くこともあるでしょうが、そのステレオタイプのパターンに当てはまらない人(父親や若い人がしっかりしている等)からすれば、なんでバカにするの?と不快に思われてもおかしくありません。

個人的にはこの表現手法、『相手を貶して自分の価値を相対的に持ち上げたように見せる』ことを【逆謙譲】と名付けています(【逆謙譲】、やめませんか?(2012年10月2日付)より)。しかしながら未だこの手法は散見されており(以前書いたブログ以降も、書くきっかけとなったCMは残念ながら健在)、考えすぎのきらいがあることを承知の上で、それでもはっきりいって不快です。単に商品やサービスそのものが優れているとなぜ言えないのか、比較対象を見下さなければ優位性を伝えられないのかと。CMを好くするためにはなによりこの【逆謙譲】をやめることが大事だと思います。

 

 

以上3種ですが、一日一回はどれかの種類のCMを耳にしてしまうのが現状です。耳に心地良くないため、そのCMが流れる前後の時間はラジオ離れが起きてしまっています。自分のこの考えは極端かもしれませんが、もし自分と同様に聴かなくなったという人が少なからずいらっしゃるのであれば、ラジオ局にとっては機会損失かもしれません。

いずれの種類も、局内で制作されたというより外部制作で持ち込まれるCMにそのパターンが散見されます。営業等の結果CM枠を売ることが出来たと喜ぶより一歩進めて、このような不快感を招きかねないCMに進言する勇気を、それが難しいことは承知の上でそれでも、局側には持ち合わせていただけたらと考えます。