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青森県在住。毎週日曜日17時から、FMアップルウェーブ発の番組の一員として参加。音楽・ラジオ好きによる"日々の音"やメディアの話

最も悪質なメディア人は誰か

今週とある週刊誌で取り上げられたことを機に活動自粛を選択したショーンKさんについての私見を申し上げるならば、経歴詐称の話題が出ると寄ってたかってよくも悪口大会になるものだ...と呆れるばかりです。詐称そのものは良くないことですが(本人は騙すつもりはなかったようですが真相は判りません。というか、真相はショーンさん以外判らないゆえ、心象が加味された憶測での判断になりますよね)、彼のメディアでの活躍や見た目の格好良さから、それらを好まない人が一つのミスに乗っかっている印象を受けます。その人達に対して、"ふざけるな!"と思えてなりません。言葉が過ぎるかもしれませんが、それ以上のことをその人達は平気で吹聴していることに気付いていただきたいものです。

 

ショーンさんのJ-WAVEでの担当番組、そして朝の番組における別所哲也さんの代打分を拝聴すると、社会性の強い部分にはしっかりと、それでいて朝の時間帯では穏やかにと硬軟自然に使い分ける語り口が巧いと思っていました。そこには経歴云々や胡散臭さとかという先述した人たちがネタにする穿った見方を挟み込む余地はありませんでしたし、考えたこともありません。喋り手として純粋に実力がある方だと判断しており、おそらくその実力ゆえJ-WAVEなどで長年活躍出来たわけでしょう(彼がナビゲートする『MAKE IT 21』は15年以上放送されており長寿番組でした)。自粛はただただ純粋に残念でなりません。

 

無論、詐称行為はいけないことです。また、ショーンさんが陰でどう言われていたかは判りかねますが、それを探るつもりは毛頭ありません。今はただ、寄ってたかってという人たちの虐め気質というか、はっきり言って虐めであるそれら言動に心底呆れ果てています。 問題を起こした人に反省や改善を求めるのではなく一生後悔させるやり方です。それがいつまで続ければいいか判らない活動自粛に”追い込ませた”と言っても過言ではないかもしれません。

まして、著名な教育評論家の尾木直樹氏が自身の虐め気質を自ら発信するのを報道で見ましたが、その姿勢も残念です。自らもコメンテーターの立場であるゆえその信頼が揺らぐことを許せないという意味で発したということですが、用いられた言葉は人を馬鹿にする意味合いが強く(またその言葉は今回の件とは関係のない別の芸能問題をも想起させるという意味で、その矛先を二重にしていることもいやらしいものです)、読んでいて悲しくなるばかりでした。偉い立場に立つ人の言葉は、”尾木さんも非難しているのだから俺らが非難しても何ら問題ない”という誤った考えを植え付ける力を宿しているはずで、これを機にショーンさんや引用された芸能問題の渦中にある方が心ない言葉で非難されることにある種加担したといっていいでしょう。このような方が教育を評論すること、また小・中学校の保護者の方を対象に教育について語る番組(『ウワサの保護者会』(Eテレ 毎週木曜22時25分))を担当することに激しい違和感を覚えます。センセーショナルな問題がある毎に渦中の人を平気で傷つけることをいとわないかのようなセンセーショナルな言葉で非難し続ける尾木氏の姿勢は社会人として正しいと思えず(ゆえにEテレ側には今後起用し続けるかについて再考していただきたいと切に願います)、このような方が教育評論家を名乗る以上、日本から虐めがなくなるはずはないですよね。

 

 

この寄ってたかって姿勢、ここ最近如実に増幅されているような気がしてなりません。実は数日前、弊ブログでの宣言通りTwitterを開設し(アカウントは@Kei_radio)、以前親しくさせていただいたラジオの人々(関係者や愛聴者)を真っ先にフォローしに伺おうと、検索して彼らを見つけたのですが、その時まさにショーンさんの悪口大会になっていたことに呆れ、フォローすることを止めました。このままアカウントを作っただけで放置ということはしない予定ですが、自分が信じていた人が吹聴している姿には、どんな人も信じてはいけないのではないかと思うくらいにショックを覚え、しばらくはこちらから誰かをフォローすることはやめようと考えています。

 

 

最も悪質なメディア人は、過ちを犯した人ではありません。過ちを犯した人に対して、寄ってたかって虐めに加担する人です。そういう人には、厳しい言い方ですが何ら魅力的なものを感じません。心の歪みは発する言葉に、そして外見にも表れていくものです。言いたいことがあるならば形にしないでおく、形にするならば秘密を漏らさないと信じられる極々親しい人同士で話すに留めるのが吉です。

そしてよくよく考えれば、メディア人とはテレビやラジオなどで活動する中の人を指すだけではなく、SNS等を用いる人すべてが当てはまるのではないでしょうか。発した言葉が誰かに見られている、つまり誰かに影響を与えることが出来るという意味で影響の大小にかかわらず誰もがメディア人であることを肝に銘じれば、自ずと発する言葉への責任を理解し、言葉をやわらかく、温かく出来るはずです。