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青森県在住。毎週日曜日17時から、FMアップルウェーブ発の番組の一員として参加。音楽・ラジオ好きによる"日々の音"やメディアの話

映画『ムーンライト』における日本版の違和感…その理由を邪推する

今回のエントリーはいつも以上に推測の域を超えない、はっきり言ってしまえば邪推なのですが、この段階で一度まとめようと思い至り、記載に至りました。

(ツイート等、勝手ながら引用させていただきました。問題があれば削除させていただきます。)

 

 

今年のアカデミー賞、作品賞を受賞した『ムーンライト』。作品賞アナウンスの際のトラブルにより、よりこの作品に注目が集まったこともあってか、日本では当初の予定より前倒しで公開されました。

しかし、この作品の日本版においてはいくつかの問題がある…と伝わってきています。R&Bライターなど黒人文化に詳しい方などから噴出しているのは主に3つの問題。

① 主人公の男性の名前がシャイロンなのに日本版ではシャロンとなっている

アトランタジョージアではなくジョージア州アトランタと誤表記

③ 口語訳がおかしい

②については音楽プロデューサーの松尾潔氏がツイート。

③についてはbmr編集長の丸屋九兵衛氏がつぶやき。

映画配給会社のチェックミスともいえますが、後述する(特に丸屋氏が怒りを込めて指摘した)翻訳者の問題ではないかと。物語の流れを壊しかねない表現をあわよくば問題ないと思っているかもしれないことが、②や③からは露呈された気がします。

そして最大の問題は①。この問題はとりわけ大きく取り上げられています。

丸屋氏の言う"like ジョーンズ…"とは、昨年他界したファンクバンド、シャロンジョーンズ&ザ・ダップ・キングスの女性ボーカル、シャロンジョーンズのこと。弊ブログでも以前触れています。

他にもシャロンといえば女優のシャロン・ストーンが想起されるなど、"シャロン"というのは女性名なんですよね。主人公の男性に対し、はっきり女性の名前が付けられることは観る側の集中力を削ぎかねないものではないかと。そして、押野氏のいうように"直す時間はあった"はずなのですが、最近になってこんなツイートが。

パンフレットに関与した方(寄稿でしょうか?)によるこの告白。山崎氏がシャイロンと記しておきながら、映画配給会社側にシャロンへの訂正を求められたことが明らかになりました。

 

となると、映画配給会社が"シャロンにこだわった"ということが明らかになったように思います。ではなぜこだわったのか…自分が考えたのは3つの可能性。

(A) 映像に日本語の字幕を既につけてしまい訂正には時間やコストがかかってしまうため、パンフレットでの訂正のほうが手っ取り早い

(B) 翻訳者を必要以上に持ち上げ、その方に傷がつけてはいけないと考えた等の過剰な配慮があった

…これらもあながち間違いではないでしょうが、もう一つ思ったことは、

(C) 主人公をどうしても女性的な人間だと思わせたかった

ということ。

 

この『ムーンライト』、ネタバレになってしまいますが賞レースでの報道で明らかになっていることを踏まえて書くならば、主人公は同性愛者の男性であり、成長するにつれて徐々に男性が好きであるという己の感情に気付くのとのこと。今年はじめの段階で、町山智浩さんがこの映画について紹介する際にもこのことが紹介されていました。

同性愛者が登場する映画と知って抱くイメージとは何か…個人的には、メディアで活躍する方…性転換をした、女装する、喋り方が女性以上に女性らしい…つまりはいわゆる”オネエ”のイメージをシャイロンに対しても投影させた方が少なからずいらっしゃたように考えます。まして、日本盤では主人公の名がシャイロンではなく明らかに女性的な”シャロン”ならば、余計にその感覚に囚われかねないと思うのです。

しかし、そういったゲイイコール"オネエ"という認識、はっきり言ってしまえばステレオタイプなイメージなのですがそれは改める必要があります。たとえば一昨年の調査によれば、同性愛者や性同一性障害といったいわゆるLGBTの割合は、たとえるならば30人クラスにおいて2人いるというデータが登場しています。

つまり、確率的にみれば周囲にLGBTが全くいないという人はほぼ皆無なのです。そうなると、みなさんの周りに先述したような、メディアで活躍するような"オネエ"的な方はいらっしゃるでしょうか? むしろそういった方は少数派であり、LGBTの多くが自身の身体の性に合わせた格好や言葉遣いをし、その上で同性を好きになっていることが理解出来るはずです。みなさんの周囲には公言しないだけでLGBTの方がいらっしゃるかもしれません。

 

 

もしかしたら映画配給会社や翻訳者は、主人公の名前を敢えて女性名にすることで主人公が同性愛者であるということをより際立たせる、そして映画をより"解りやすく"する…そういう狙いがあったのかもしれません。映画の公式Twitterアカウントでも1件のリツイートを除き"シャロン"という名を未だ用いています。現在までに著名な音楽関係者等から様々な指摘やクレームが送られている(らしい)ものの、謝罪訂正等コメント等が確認出来ない(単に自分が見落としているだけかもしれませんが)ことを踏まえれば、パッケージ化の際に直すどころか、それすら行わない可能性だって否定出来ないでしょう。今回の"シャロン"の徹底により、映画配給会社や翻訳者は、世間のLGBTに対するステレオタイプなイメージから抜け出せない(もしくは抜け出そうとしない)ことを露呈し、映画の美しさに対して傷をつけてしまったという意味において、今回の名前問題はかなり酷いと思っています。無論邪推だと前置きさせていただきますが。

 

(ちなみに、メディア等で活躍する"オネエ"の方を問題視しているわけではありません。彼らの才能は素晴らしいと思いますし、自身が積極的になりたい姿になっているわけですからそれを否定するのは違います。問題は、ゲイイコール"オネエ"という暴力的な方程式をほぼ毎回用いているメディアであり、そのイメージが刷り込まれている市井もまた問題でしょう。)

 

 

今回の邪推の基礎となった自分の考えは以前記していますので再掲します。

また、今月末に放送される『バリバラ』(Eテレ 日曜19時)でも【検証!"オネエ"問題】という企画が生放送で検証されます。

『バリバラ』が攻めているとも言えるでしょうが、個人的にはこういうマイノリティの件こそ『24時間テレビ』や民放のゴールデンタイムで紹介する必要があると思うのですが如何でしょう。

 

ちなみに自分は『ムーンライト』上映外地域(青森ではまだ上映されていない)で未見ゆえ、内容についての細かな指摘は出来ないことをご容赦ください。そして今日放送の『ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル』(TBSラジオ 土曜22時)内、映画批評コーナーにてこの映画を取り上げるとのことですので、宇多丸さんが"シャロン"等日本版の問題に切り込むのかにも注目したいと思います。