イマオト - 今の音楽を追うブログ -

旧ブログ名:face it。音楽チャートアナライザーとして、ビルボードジャパンや米ビルボードのソングチャートなどを紹介します。

歌い手ジャンルが音楽チャートをさらに駆け上がるためには、ライト層を作り育てることが必要である

最新7月29日付のビルボードジャパン各種チャートで注目すべき存在が。それは歌い手のそらるさん。アルバム『ワンダー』はアルバムチャート初登場2位を果たし、リード曲「海中の月を掬う」はラジオエアプレイ指標で4位、ソングスチャートで94位にランクインしています。

アルバムチャートでは、総合首位の座こそRADWIMPS『天気の子』に譲ったとはいえ、アルバムCDセールス指標では首位に。『天気の子』が映画公開日の金曜に合わせて発売日を設定したことも影響しているとはいえ、堂々とした記録達成です。

 

最近そらるさんを注目するようになったきっかけは、『あさイチ』(NHK総合 月-金曜8時15分)に出演している藤原薫さんが大の歌い手好きであり(自らも”歌ってみた”動画を投稿)、その彼が今月NHKラジオ第一でDJを担当した特別番組『NHKで”歌ってみた”』(7月15日放送)に出演したこと。同じく歌い手の天月-あまつき-さんや96猫さんも出演したこともあって、番組はTwitterでトレンド入りするなど大きな反響を集めていました。

 

自分がスタッフの一員を務める『わがままWAVE It's Cool!』(FMアップルウェーブ 日曜17時)でも数年前に、歌い手やボカロ等動画投稿サイト発のヒット曲や注目株を当時の大学生スタッフ発案で取り上げたことがあるのですが、その際は恥ずかしながらピンと来ていませんでした。しかし今やNHKが特別番組を組みチャートでも実績を積み上げるとなると、”歌ってみた”というジャンルはスルー厳禁だと強く感じます。とはいえ作品のチャートアクションをみると、強みとそうでない部分、さらなるヒットのために必要なことが見えてきます。

 

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そらる『ワンダー』はアルバムCDセールスこそ首位を獲得したものの、パソコン等にCDを取り込む際のインターネットデータベースへのアクセス数であるルックアップは22位と大きく乖離しています。この指標はCDレンタルにも大きく左右されるため今週は嵐のベストアルバム『5×20 All the BEST!! 1999-2019』が同指標を制していますが、とはいえそれらCDレンタルで強い作品群を除いてもセールスとルックアップの乖離は気になります。そしてダウンロードが41位というのも、歌い手がネットとの親和性が高いジャンルなのになぜ?と思ってしまいます。

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これは他の歌い手の作品も同様で、天月-あまつき-『それはきっと恋でした。』(2018)は初登場で総合4位、96猫O2O』(2017)は31位を記録しながら、共にCDセールスと他指標で乖離が生じていました(『それはきっと恋でした。』はアルバムCDセールス4位、ルックアップ15位、ダウンロード30位。『O2O』はアルバムCDセールス16位、ルックアップおよびダウンロードが100位圏外(300位以内))。

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ソングスチャートでの動向はどうでしょう。そらる「海中の月を掬う」はシングルCD化していないためシングルCDセールスおよびルックアップが未加算ですが、(曲単位での)ダウンロードやストリーミング、動画再生といったデジタル指標群が300位以内に登場していないのが気になります。ミュージックビデオは発表から1ヶ月強で320万回以上再生されているのですが。

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シングルCD化された直近の作品でみてみると。

・そらる「ユーリカ」(2019)

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・天月-あまつき-「スターライトキセキ」(2019)

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(※96猫「フィロソフィーエッグ」は1指標でも20位以内に入らなかったためか、CHART insightは確認出来ませんでした。)

「海中の月を掬う」同様、シングルCD化楽曲でもデジタル指標群が弱いのが気になります。歌い手、”歌ってみた”ジャンルとネットの親和性はそのジャンルの源を踏まえればよく分かるのですが、YouTube等の再生回数が伸びていないのはやはり気掛かりです(ちなみに、仮にニコニコ動画に投稿されヒットしたとしても同動画サイトがビルボードジャパンの動画再生指標において加算対象外であるため上昇出来ないということもあるでしょう)。YouTubeへアップした動画が動画再生指標の加算対象の条件であるISRCの付番がなされているかを確認することも必要ですが、いかんせん歌手やジャンルのファン以外の方がYouTubeを介して観る傾向が高くないように思われます。動画再生はダウンロードやストリーミングの各指標群とリンクし上昇する傾向を考えれば、YouTubeで視聴される流れを作ることは必須ではないでしょうか。

シングルもアルバム同様CDセールスが強いのですが、こちらでもルックアップが乖離。さらにランクダウンするスピードが速いことや先述したようにデジタル指標群が伴っていないことを踏まえれば、その売れ方はアイドルのそれに近く、熱狂的なファンとそうでない者との間に小さくない溝が出来ているのでは…というのが結論です。熱狂的なファンが多いからこそ、『NHKで”歌ってみた”』がTwitterでトレンド入りしたとも言えるかもしれません。アイドルの中でも極端な売れ方を示す例については、以前書いたこちらが最も解りやすいと思います。

とはいえCD販売手法がアイドルのそれと異なるならば、”熱狂的ファンはきちんとCDを購入する一方、そうでない者にはジャンル自体が浸透していない”というのが歌い手ジャンルを示す最適な表現かもしれません。ゆえに弊ブログで時折用いる、その歌手のファンというわけではないが曲に興味はある等を指す”ライト層”という表現は”そうでない者”とイコールではないように思います。

 

今後歌い手の作品群が伸びるには、そうでない者との溝をどう埋めるかが重要であり、そのヒントの一端をラジオに見出すことが出来ます。そらる「海中の月を掬う」はラジオエアプレイ指標で大ヒットしており、これまでの歌い手ジャンルにはない動きをみせています。どのような番組でかかっているかまでは特定出来ませんが、大ヒットするということはOAするジャンルを区別しない番組でもきちんと流れている証拠であり、このような”良曲をジャンルで区別しない”姿勢はメディアにも、そして広く市井にも求められるのではないでしょうか(これは過去の自分への反省を込めて記載します)。そして今回のラジオエアプレイの多さは『NHKで”歌ってみた”』がメディアへの気付きをもたらしたゆえと言えるかもしれません。いずれ『ミュージックステーション』等で取り上げられればジャンルの売れ方や見方はきっと変わっていくはずで、歌い手ジャンルはメディアとの親和性を図ることでライト層の萌芽、醸成につなげていくことが必要だと感じています。