イマオト - 今の音楽を追うブログ -

旧ブログ名:face it。音楽チャートアナライザーとして、ビルボードジャパンや米ビルボードのソングチャートなどを紹介します。

非J-Pop的アプローチの曲がシングル表題曲にならないのは今にはじまったことではない、が

今年の2月にMISIAさんがリリースしたシングル「白い季節 / 桜ひとひら」(→ iTunes Store)のカップリングに収められた一曲、「真夜中のHIDE-AND-SEEK」があまりにも流麗なR&Bなのです。下記で一部試聴可能となっています。

シングル表題曲の2曲はいずれもタイアップが付いており、それゆえその影に隠れた感じもあるのですが、曲は秀逸。作曲およびアレンジを担当した鷺巣詩郎氏による、シャカタク風味のピアノフレーズやボンゴ的なパーカッションがスムースなディスコティークを想起させ、さらにスティーヴ・シドウェル氏(ロビー・ウィリアムスサラ・ブライトマン等)によるストリングスアレンジが美しさをもたらし、大人の恋を演出します。Bメロからサビへと至るメロディの昇華や、サビのメロディの4つのフレーズ全てが異なるような、技アリな工夫にも唸らされます。この曲をもっと前面に出してもいいのではと思うのですが。

 

 

そういえば、彼女が3枚組ベストアルバムをリリースした際、半ば天邪鬼的に”裏ベスト”を選曲したのですが、「sweetness」紹介の際にこのようなことを書きました。

「忘れない日々」とシングルを同時発売し、「忘れない日々」が週間4位であったのに対し「sweetness」は7位と水を開けられた結果となったのが個人的にショックでした。メロディがJ-Pop(いや、歌謡曲)ど真ん中的「忘れない日々」(無論それはそれで好きなのですが)がより支持を集めたということは、以降の彼女の(特にシングル曲における)音楽性でも、同時に広くJ-Pop業界においても歌謡曲的サビが重視される方向に至ったのではないかな、と。流麗でメロウ、J-Pop/歌謡曲感を排した「sweetness」は、もっと支持されて好いと思うのです。

【Diggin'】19. The Other Side Of MISIA - MISIA(私的)裏ベスト (2013年2月22日付)より

「白い季節」「桜ひとひら」はそれぞれテイストは異なるもののバラードであり、一方の「真夜中のHIDE-AND-SEEK」はメロディの着地点がJ-Popや歌謡曲のそれではないため、バラードほど多くの支持は得られないかもしれず、それゆえシングル表題曲にバラードを持ってくるのは自然なことかもしれません。しかしながらビルボードジャパンチャートでは34位(同セールスチャート21位)、オリコン24位が最高位というのはなんとも淋しいものがあります。

 

 

あくまで私見ですが、彼女は”バラード歌い”としての地位を(それこそ「忘れない日々」や「Everything」のような曲を歌う歌手として)、良くも悪くも確立してしまったのではないでしょうか。そのためシングルの場合はバラードを前面に出さないとならないという使命感があるのでは、と。しかしそれが彼女の、特にR&Bに根差した歌い手であるという点にスポットライトを当てにくくするというのは実に勿体無いと思うのです。最初期の「つつみ込むように…」や「陽のあたる場所」を彼女の代表曲と捉える方にとっては、J-Popや歌謡曲という使命感にとらわれない、R&Bのみで一枚アルバムをリリースしてほしいと思っているはず。少なくとも自分はその一人です。

 

 

大仰なバラード歌いのイメージがある方だとアップナンバーはヒットしないという法則があるのか、たとえばタイタニック主題歌などで知られるセリーヌ・ディオンは、米ビルボードシングルチャートのトップ10に送り込んだ10曲のうち、アップナンバーはマックス・マーティン等制作による「That's The Way It Is」(1999 ベストアルバム『All the Way... A Decade of Song』収録 → iTunes Store)のみ。如何に彼女がバラード歌いのイメージが強いかを示す証拠だと思います(し、それを見越してのレコード会社等の戦略もあったのかもしれません)。しかしたとえば、アルバム『The Colour Of My Love』(1993)に収録され、全米1位を獲得したバラード「The Power Of Love」に次いでシングルカットされた「Misled」は、全米最高23位と振るわなかったものの大好きな1曲で、この曲の存在だけで、”アップもいける”という印象を強く抱いたものです。

「The Power Of Love」に次ぐシングルがこれか!と、彼女の攻めの姿勢に嬉しくなる反面、そこまでヒットしなかったことが非常に残念でした。しかしここでの彼女は間違いなく攻めの姿勢に転化していたはずで、その攻めの姿勢が今のMISIAさんサイドからはあまり感じられないのは淋しい限りですし、R&B歌手として機会損失だとすら思うのです。

 

 

実は、最近女性ソロアーティストに面白い動きが出てきています。今年のはじめにリリースされた加藤ミリヤさんのシングル「少年少女」は、タイアップ曲をカップリング扱いにしてまで本人が推したかったであろう曲。ダンサブルなイメージが覆されかねないにも関わらずその曲を推した彼女の攻めの姿勢を高く評価しました(加藤ミリヤ「少年少女」に中島みゆきの魂を見る(1月21日付)に記載)。また、aikoさんが今年リリースしたシングル「夢見る隙間」も同様に、タイアップ曲をカップリング扱い。表題曲はスウィングジャズなアレンジやBメロでのマイケル・ジャクソン「I Can't Help It」的ベース、さらにサビのメロディの落とし込み方がおおよそJ-Pop的ではないというのが面白く、彼女のシングル曲のイメージを自ら打破せんとする姿勢が買い、なのです。

彼女たちの攻めの姿勢は、もしかしたら”前のほうがよかった”というファン離れにつながりかねないかもしれませんが、一貫して進化と深化を続けていけばファンはそのストイックな姿勢をきっと評価してくれるでしょうし、たとえば安室奈美恵さんは”TKプロデュース”以降の売上低迷(とされる)時期にR&Bへシフトし、自身がやりたいことを極めた結果、TK期以降の作品を集めたベストアルバム『BEST FICTION』がミリオンセラーを獲得した経緯もあるわけで、攻めること、攻めを恐れないことは中長期的には十分にアリ、なのです。

 

 

そこに気付いてほしい、一枚まるごどR&Bに根差したアルバムを作って欲しいと思うのはMISIAさんに対してだけではないのですが。そしてそういう願望が厚かましいことは承知で書いているのですが。それでも、「真夜中のHIDE-AND-SEEK」を制作したことは、そういう音もやり続けたいんだよという彼女の意思表示だと思うんですよね。バラード主体のJ-Pop集と、流麗なR&B集の2枚組とか如何でしょうか。