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旧ブログ名:face it。音楽チャートアナライザーとして、ビルボードジャパンや米ビルボードのソングチャートなどを紹介します。

藤井風『HELP EVER HURT NEVER』のロングヒットはテレビ番組の影響だけにあらず

藤井風さんのアルバム、『HELP EVER HURT NEVER』が依然として好調です。YouTubeで注目を集め、「何なんw」や「もうええわ」といった興味を惹くタイトルでも認知度を高めていきましたが、それら先行曲を収録したアルバム『HELP EVER HURT NEVER』は、CD初加算週にビルボードジャパンアルバムチャートを制しています。同作については、『関ジャム 完全燃SHOW』(テレビ朝日 日曜23時)で特集された後のチャートアクションを8月末に紹介しました。

番組効果で総合6位に返り咲いて以降、安定したチャートアクションを示しています。最新10月12日付の動向は下記に。

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9月22日火曜には『報道ステーション』(テレビ朝日 月-金曜21時54分)にて取り上げられたことで、同日を集計期間に含む10月5日付では総合12位に浮上。高値安定の一因となっています。

 

さて昨日は、ビルボードジャパンアルバムチャートで丸一年ランクインしたOfficial髭男dism『Traveler』について取り上げました。ロングヒットの要因には『アルバムリリース以降の新曲投入ならびにテレビ出演でのインパクトが刺激になったこと』が挙げられます(『』内は下記ブログエントリーより)。

他方、藤井風さんについてはアルバム後に新曲はリリースしておらず、メディア出演もラジオこそあれどテレビはほぼ皆無、ましてや音楽番組への出演は未だないはずです。その状況でロングヒットにつながっている(そのことは、最新10月12日付のビルボードジャパンアルバムチャート上位20作品の中で『Traveler』に次ぐ20週という在籍週数を誇っていることからも明らか)のはなぜでしょう。

 

 

藤井風『HELP EVER HURT NEVER』のロングヒットに大きく貢献したのは、アルバムからのリード曲となる「優しさ」の強さにあります。

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アルバム初登場週に黒の折れ線で表示される総合ソングスチャートで34位に浮上、また緑で示されるラジオエアプレイでは3位まで上昇した「優しさ」。ラジオエアプレイはラジオスタッフのお勧め曲が多く流れ流行を先取りせんとするラジオ側の気概が表れることから、ラジオがいち早く藤井風さんの魅力に気付いたと言えるでしょう。このラジオの気概はちゃんみな「Never Grow Up」でも証明されています。

ラジオのピーク後にはサブスクの再生回数に基づくストリーミング指標(青の折れ線で表示)が下位ながらもピークを迎え、こちらは現在まで一度も300位圏外となることはなく同指標は加算され続けています。日本のSpotifyデイリーチャートでは「優しさ」が最高62位を記録し、最新10月7日付では84位にランクイン。『HELP EVER HURT NEVER』のサブスク解禁、ならびに収録曲のミュージックビデオをフルバージョンできちんと解禁していることで、リード曲のラジオによる受動的接触に加えてサブスクや動画再生による能動的接触も高まり、興味はありながらもファンというわけではなかったライト層を所有行動へ昇華させることにつながったのではと考えます。接触指標の充実が所有指標に昇華することは昨日のOfficial髭男dism『Traveler』でも紹介していますが、『HELP EVER HURT NEVER』においてはミュージックビデオ未制作曲でも公式オーディオを用意し、すべての方が聴取可能になっているのは素晴らしいですね。下記キャプチャはYouTubeでの『HELP EVER HURT NEVER』プレイリストとなります。

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ミュージックビデオでいえば、『HELP EVER HURT NEVER』からはアルバムリリース前の3曲に続き、リリース後には「キリがないから」そして「帰ろう」を発表しています。

アルバムリリース後にミュージックビデオが発表されることは、サブスク興隆前のアメリカ的だなと個人的には感じています。アメリカではオリジナルアルバムを売上および評価の面から尊重する向きが強いこともあり、アルバムから立て続けにシングルカットしてアルバムへの注目度をキープさせようという流れがありました。サブスク時代の今ではアルバム初登場週に全曲ソングスチャートランクインという現象が少なくないのですが、そこからチャートアクションが良かった曲を次のシングルに位置付けることも行われています。

藤井風さんに話を戻すと、アルバムリリース後に収録曲のミュージックビデオを、それも複数発表していますが、これは日本では珍しいかもしれません。先述したOfficial髭男dismは『Traveler』リリースから間もなく「ビンテージ」(→YouTube)を、上半期のビルボードジャパンアルバムチャートを制したKing Gnuは『CEREMONY』から「どろん」(→YouTube)を公開しましたが、それぞれ1曲のみの発表でありまたタイアップ付きという側面もありました。一方で藤井風さんの場合、ノンタイアップながら2曲が発表されることはやはり珍しいと感じています。これはオリジナルアルバムを推したい、長期的に売り出したいという戦略の表れではないかと思うのです。

 

実際、「帰ろう」は成果を上げています。

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報道ステーション』でも弾き語りで披露された「帰ろう」のミュージックビデオは9月4日金曜23時に解禁。この日時を集計期間に含む9月14日付ソングスチャートではラジオエアプレイが前週の100位圏外から4位に急浮上しており、まずはラジオに刺激を与えた形。ピークは異なりますが、最新10月4日放送の『J-WAVE TOKIO HOT 100』(J-WAVE 日曜13時)では6位に上昇しています。

そして『報道ステーション』のリアクションは、10月5日付におけるダウンロード48位に表れています(ダウンロードは濃い紫の折れ線にて表示)。なお、ミュージックビデオの解禁前に「帰ろう」は4週連続で総合100位圏外ながら300位以内に登場していますが、この初週はアルバム初登場週と同日付であることから、アルバムリリース直後から収録曲全体への注目が集まっていたことも解ります。

なお、10月5日付のビルボードジャパンアルバムチャートにおける上昇には『報道ステーション』で特集された翌日にリリースされたアナログ盤も寄与しており、同日付のアルバムフィジカルセールスは前週の1768枚から6461枚へ増加していますが、アナログがリリースされること自体アルバムへの評価の高さと発売を望む方の多さの結実と言えるかもしれません。そして「帰ろう」および『HELP EVER HURT NEVER』の直近5週のチャートアクションを照合すれば、「帰ろう」のミュージックビデオが『HELP EVER HURT NEVER』に影響を与えただろうことが想像できるのです。

 

 

藤井風『HELP EVER HURT NEVER』のロングヒットはテレビ番組に取り上げられたことも勿論のこと、リード曲(特に「優しさ」)の安定した人気、接触先の充実、アルバムリリース後の複数のミュージックビデオ発表が起因したと言えるでしょう。ミュージックビデオ発表等からは、オリジナルアルバムを推したい、長期的に売り出したいという強い意志が戦略として形になっていることが見えてくるのです。そしてその意志は見事にチャートに反映していると捉えています。

 

アルバムチャートではベストアルバムの上位安定が未だみられますが、サブスクのプレイリストが充実しサブスク自体のユーザーが増えれば、ベストアルバムの今後のリリース量は減っていくかもしれません(もしくはフィジカルを豪華にする等、デジタルとの差別化が目立っていく可能性も)。となると日本のアルバムチャートで、そして音楽業界全体でオリジナルアルバムが重要であるとの機運が高まっていくのではないかと期待しています。『HELP EVER HURT NEVER』は内容的にもチャートアクションの面でも、その動きを加速させる作品ではないでしょうか。