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旧ブログ名:face it。音楽チャートアナライザーとして、ビルボードジャパンや米ビルボードのソングチャートなどを紹介します。

初登場首位獲得曲が今年量産される理由を米ビルボードが自問自答していた件

ビルボードソングスチャートはビルボードジャパンとは異なり、初登場で首位を獲得する曲が少ないのが特徴でした。最新10月17日付までにおいてその数は44曲…少ないように見えるのですが、実は今年に入り9曲が初登場首位を成し遂げているのです。44曲のうち2割以上が今年になって量産された理由を、ソングスチャート(以下”Hot 100”)の歴史も踏まえて米ビルボードが記事にしています。この、いわゆる【米ビルボードの自問自答】とも言うべき内容が面白いので、意訳しつつ歴史を補足、および私見を交えて紹介します。

初登場首位獲得曲のリストはこちらに。

 

記載のきっかけはおそらく、投函段階(実際の投函日は10月8日木曜)において最新チャート(10月10日付)でにおいてトラヴィス・スコット feat. ヤング・サグ & M.I.A.「Franchise」が首位に立ったこと。トラヴィスにとっては1年弱で3曲目となる初登場首位獲得という記録を成し遂げています。しかしながら「Franchise」は、最新10月17日付で25位に急落し、首位からの急落記録で歴代2位となりました。このような急落が多いことが、チャートの自問自答を行うれっきとした理由であったはずです。最新チャート動向は下記に。

今年初めて初登場にて首位を獲得したのは4月18日付におけるドレイク「Toosie Slide」。それから僅か半年の間で初登場首位が量産されていきます。トラヴィス・スコットとキッド・カディのユニット、ザ・スコッツによる「The Scotts」(5月9日付)、アリアナ・グランデジャスティン・ビーバー「Stuck With U」(5月23日付)、レディー・ガガアリアナ・グランデ「Rain On Me」(6月6日付)、シックスナイン & ニッキー・ミナージュ「Trollz」(6月27日付)、テイラー・スウィフト「Cardigan」(8月8日付)、カーディ・B feat. メーガン・ザ・スタリオン(ミーガン・ジー・スタリオン)「WAP」(8月22日付)、BTS「Dynamite」(9月5日付)そして「Franchise」…今年の初登場首位獲得曲は現在までに9曲となり、これまで最多だった1995年および2018年の4曲を大きく上回っているのです。

 

 

Hot 100は1958年に開設されましたが、37年に渡って初登場で首位を獲得した曲はありませんでした。これは複合指標に因るチャートにおいてラジオエアプレイが強く、同指標が曲のリリース当初から高位置に登場することはない、緩やかにピークを迎えるという特徴があるため。現在におけるチャート構成指標はこのラジオエアプレイに加えストリーミング、ダウンロード(英語表記ではRadio Songs, StreamingそしてDigital Songs)となりますが、リリース直後に後者2指標がピークを迎えるのに対し、ラジオエアプレイの伸びは緩やかであり、ピーク到達時も他指標に比べて遅いことから、このピークのずれがチャートアクションに影響を及ぼすのです。

チャートの歴史が動いたのは、マイケル・ジャクソン「You Are Not Alone」が初登場で首位に到達した1995年9月2日付。同年にはマライア・キャリー「Fantasy」、ホイットニー・ヒューストン「Exhale (Shoop Shoop)」そしてマライアとボーイズIIメンによる「One Sweet Day」といった曲も初登場で首位獲得に至っています。これらの特徴は、ラジオエアプレイがピークに達した頃のタイミングでフィジカルをリリースすることにありました。当時のHot 100のチャートポリシーは、フィジカルを切らない限りどんなにラジオエアプレイが高くともランクインできないというものであり、あえて販売を遅らせることでリリース時には高位置での初登場が可能。焦らした分だけファンの熱心さを高めることができたのかもしれません。

ただし、その後レコード会社等はアルバムを売るために敢えてリード曲等をフィジカルリリースしないという戦略を採り始めます。これによりラジオエアプレイチャートとHot 100とに大きな乖離が生まれることとなり、1998年末にフィジカル未リリース曲もランクインできるようチャートポリシーが改正。1999~2002年に初登場で首位に至る曲がなかったのはそのためです。

 

後に、2003年から2006年にかけて4曲の首位初登場曲が誕生します。これらはすべてアメリカのオーディション番組『アメリカン・アイドル』シーズン2~5の優勝者によるもの(ただし2は優勝したルーベン・スタッダードではなく準優勝のクレイ・エイケン「This Is The Night」(2003年6月28日付)が獲得という逆転現象が発生)。同番組で優勝が決定されて間もなくリリースされたことで番組への熱が反映され、ラジオエアプレイが少なくともその少なさを売上がカバーする形で頂点に立っています。

 

3年のブランクを経て、2009年10月24日付でブリトニー・スピアーズ「3」が初登場で頂点に立ちます。この「3」以降、ケイティ・ペリー「Part Of Me」までの3年半で6曲もの首位獲得曲が誕生するのですが(うちブリトニーは「3」を含む2曲)、この理由は2010年前後にiTune Storeでのダウンロードセールスがピークを迎えたため。一方で、後述する現在に似た形でラジオエアプレイとの乖離が生じていたためにロングヒットに至れないのも特徴でした。ただしブリトニーやケイティ、エミネム、ケシャそしてレディー・ガガという顔ぶれからも解るように、ダウンロードセールスに長けたスターが初登場首位獲得に至れるという特徴が見えてくる気がします。

 

その後、Hot 100はストリーミング指標を採り入れ始めますが、2013年3月2日付からはYouTubeの再生回数もストリーミングの加算対象としたことで、同日付でバウアー「Harlem Shake」が初登場にて首位を獲得。ダンスチャレンジモノの先駆けと言えるかもしれない同曲の人気は下記記事でも紹介されています。

2013~2019年の動向については冒頭に紹介した米ビルボードの記事では言及がないのですが、このYouTube再生回数の加算は大きな変革といえます。たとえばテイラー・スウィフト「Shake It Off」(2014年9月6日付)やジャスティン・ビーバー「What Do You Mean?」(2015年9月19日付)、アデル「Hello」(2015年11月14日付)等、とりわけ新作を待ち望まれた方が満を持してリリースした作品が、2010年前後ほどではなくともまだまだ好調だったダウンロードを稼ぎ、同時にミュージックビデオ(同時)解禁にて注目を集めることでその再生回数の多さがラジオエアプレイの少なさを補完する形で初登場首位に躍り出ることができたわけです。2018年5月19日付で首位を射止めたチャイルディッシュ・ガンビーノ「This Is America」などはYouTube時代の典型と言えるのではないでしょうか。

(※このミュージックビデオには暴力的映像が含まれるため視聴には注意が必要です。)

 

そして2020年、ダウンロード指標は大きく衰え、ストリーミングが主流となり最大のウェイトを占めるようになる一方でやはりラジオエアプレイの緩やかな上昇は変わらない中にあって、9曲もの首位獲得曲が登場した背景には唯一の所有指標であるダウンロードの押し上げがあることは間違いありません。初登場時におけるダウンロード指標をみると、ドレイク「Toosie Slide」が25000と決して多いとは言えないものの、トラヴィス・スコットとキッド・カディのユニット、ザ・スコッツによる「The Scotts」が67000、以下アリアナ・グランデジャスティン・ビーバー「Stuck With U」(108000)、レディー・ガガアリアナ・グランデ「Rain On Me」(72000)、シックスナイン & ニッキー・ミナージュ「Trollz」(116000)、テイラー・スウィフト「Cardigan」(71000)、カーディ・B feat. メーガン・ザ・スタリオン(ミーガン・ジー・スタリオン)「WAP」(125000)、BTS「Dynamite」(300000)そして「Franchise」(98000)と極めて多いのです。無論ストリーミングも高い作品が多いものの、ダウンロード指標を押し上げる要因はドレイクを除きフィジカルを用意したことにあり、1995~1998年のCD全盛期といえる時期を彷彿とさせます。また10年前のダウンロード全盛期でも言えたことですが、いわゆるスターの作品に多いというのも特徴と言えるでしょう。

普段のリスニングには用いる可能性が高いとはいえないフィジカルを敢えて用意する理由は、スターゆえに熱狂的なファンの購買意欲を高められることにあるといえます。トラヴィス・スコット feat. ヤング・サグ & M.I.A.「Franchise」においては15ものフィジカルが用意されており、購買意欲へ十分な刺激を与えていると言えそうですし、売り切れる可能性を見越してファンがさらに率先して購入することを考えれば、初週セールスがより高まるものと考えます(ゆえにその反動もまた大きくなるのですが)。

 

加えて米ビルボードの集計方法において、いわゆるフィジカル施策が有効に作用したのも大きな要因です。この施策をはじめて行なったのはテイラー・スウィフトと言われていますが(パニック・アット・ザ・ディスコのブレンドン・ユーリーを客演に迎えた「Me!」(2019))、自身のホームページにてフィジカルを販売し、発送が数週間後であれど購入段階で売上にカウントするのみならず、購入時に商品到着までの代替手段として購入者が手に入れられるダウンロードもカウント対象とするのがこの施策の特徴。このフィジカル施策は初登場首位獲得曲に限らず、ドージャ・キャット feat. ニッキー・ミナージュ「Say So」(5月16日付)、メーガン・ザ・スタリオン feat. ビヨンセ「Savage」(5月30日付)、ハリー・スタイルズ「Watermelon Sugar」(8月15日付)でもチャートアクションのカンフル剤として用いられ、( )内の日付にて首位に躍り出たのです。しかしこのフィジカル施策にメスが入りました。フィジカルは購入段階ではなく発送段階で加算されるように変更され、購入時のダウンロードはカウント対象外となったことで、10月頭までに実質無効となっています。

 

このフィジカル施策を主に行なっているのはスター歌手であると記載しましたが、さらに大半の曲においてスター同士のコラボレーションが行われていることもまた所有指標を押し上げる要因であり、今年初登場で首位を獲得した9曲のうち7曲がコラボ作となります。これは双方のファンからの注目を集めることでよりその勢いを伸ばすことができるという役割を果たしますが、とはいえコラボなしの場合であっても、テイラー・スウィフト「Cardigan」は初のサプライズアルバムからのリード曲、BTS「Dynamite」は初の全歌詞英語曲という、それぞれ初の試みが功を奏したとも言えます。一方でBTSTikTok経由でヒットしたジョーシュ・シックスエイトファイヴ × ジェイソン・デルーロ「Savage Love (Laxed - Siren Beat)」のリミックスに加勢して最新週において同曲を初の首位に押し上げましたが、ダウンロードが前週比814%アップというのはまさにBTSファンの力が大きいと言えるのではないでしょうか。

 

しかし、「Savage Love (Laxed - Siren Beat)」が次週連覇を達成する可能性は高いとは言えないかもしれません。これは最新週においてラジオエアプレイがむしろダウンしていることからも言えることで、BTS参加版がラジオエアプレイに大きく寄与しているとは言い難いため。ラジオエアプレイの加速が他指標より遅いことは先述した通りですが、所有指標のブーストは翌週に大きな反動を生むため、ストリーミングが漸増しまたラジオエアプレイが伸びない限りはダウンロードの急落を補完できず、翌週の急落を招くのです。「Franchise」そしてシックスナイン & ニッキー・ミナージュ「Trollz」(1→34位)が顕著な例ですが、今年は首位初登場を果たした9曲中7曲(「WAP」「Dynamite」以外)、そしてフィジカル施策によりトップに躍り出た4曲は全て、連覇を果たすことができませんでした。つまりは(ジャンルではなく)各指標をまたいだクロスオーバーヒットの不在が、今年の相次ぐ首位獲得曲の誕生と急落による入れ替わりの激しさ、そしてその結果としての首位獲得曲数の多さを呼んでいます。

 

ちなみに今年は現在までに16曲が(初登場に限らず)首位を獲得しており、昨年の15曲を上回っているのですが、昨年はもっと首位獲得曲数が増えた可能性がありました。しかし、先述したフィジカル施策のパイオニアであるテイラー・スウィフト feat. ブレンドン・ユーリー「Me!」等を阻んだのが、リル・ナズ・X feat. ビリー・レイ・サイラス「Old Town Road」。この曲がなければ「Me!」を含む5~6曲が首位を獲得できたのではないかと言われています。

TikTok人気を経て週間で1億を超えるストリーミング再生回数を獲得した「Old Town Road」は19週連続首位という最長不倒記録を達成するのですが、首位獲得5週目から16週目にかけての12週間、ラジオエアプレイでトップ10入りを果たし同指標で最高2位を獲得しているのです。今年においてはザ・ウィークエンド「Blinding Lights」が唯一、首位在籍4週の間にストリーミング(在籍1週目)とラジオエアプレイ(在籍3~4週目)の双方を制し、また首位在籍7週のダベイビー feat. ロディ・リッチ「Rockstar」では首位在籍後半にストリーミング1位、ラジオエアプレイトップ10入り(在籍7週目に最高2位)を果たしていますが、このようなクロスオーバーヒットが初登場首位獲得曲ではみられないというのが今の短絡的とも言えるチャートアクションを示す首位獲得曲の特徴と言えます。

 

 

 

ビルボードの記事では最後の段落で、『Is this just the new normal for the Hot 100's top spot? (これがHot 100初登場首位獲得の新常識なのだろうか?)』と自問自答しています。しかしながら『it's to not expect this or indeed any chart trend to just continue indefinitely (実際にチャートのトレンドが無期限に続くとは考えられない)』としており、近い将来チャートポリシーを変更することを示唆しているものと考えます。とはいえチャートポリシーが変更されたとしても、1995~1998年にみられたフィジカルセールスのリリースタイミングや、今年秋まで有効だったフィジカル施策に代表される形で、どのようにして首位を獲得するかを狙っていく姿勢は変わらないだろうというのが米ビルボードの結論であり、自分も同じ意見です。 

フィジカル施策が意味を成さなくなったとしてもダウンロード指標にブーストをかけるやり方は、たとえばビルボードジャパンソングスチャートのシングルCDセールス指標が一定の売上枚数に達した際に係数をかける(その枚数は30万と推測されています)ような算出手法をHot 100が採り入れない限りはしばらく続くと言えるでしょう。リリース初週か否かに限らず、BTS「Dynamite」のように10近いリミックスバージョンを用意したり、その「Dynamite」や「Franchise」、BTS参加版の「Savage Love (Laxed - Siren Beat)」のようにインストゥルメンタルバージョンを用意することもまた所有指標ブーストの一因となります。さらにスターは所有指標に長けているため、とりわけその側面が強いK-Popアクトを客演やリミックスに迎える作品も多く登場するでしょうし、フィジカルを用意して発売週に発送させる手段を採ることも出てくるでしょう。悪く言えば(チャートポリシー変更との)いたちごっこかもしれませんが、良い意味では今後もこれら工夫が行われていくものと捉えています。